雪の日
○ゲレンデのような、雪の積もった坂道をふたりで上っている。私は、これ以上何を求めよう、何も求めることはないと思った。
△幸せな時間を当事者として知覚するのは困難を極めるが、私は今までに二度、自らの状況が紛れもない幸せであると、当事者として知覚した瞬間がある。
そしてそのうちの一つも、雪の日のことだった。もう三年か四年か、そのくらい経つだろうか。
○ふたりで雪道を上っているとき、私はずっと言いたかったことを口にしようとした。「毎日のように願っていたことが、」
慎重になりすぎて、言葉が詰まってしまった。すると、「ここで良いBGM?」と彼女が笑う。「良いBGMじゃないよ」と私も笑った。
私は改めて口を開いた。「毎日のように願っていたことが」そして、こう続けようとした。「ついに叶ったよ」
しかし、「ついに叶ったよ」という言葉は雪道を歩く私たちに、まるで嘘かのように響いた。嘘なのかもしれない。そう思うと、世界はあっという間に闇にのまれた。そして、これは夢だと気付いた。
△夢から覚めてしまえば、「ついに叶った」は嘘になる。私はしばらく瞼を閉じたままにした。開くと、現実世界に夢が溶けていってしまうような気がした。
ふたりのときの左手の感覚が、まだ残っていた。私はこのわずかな痺れのような感覚を、いつまで抱きしめ続けるのだろう。そう思いながら、私はゆっくりと布団から出た。
おうか
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